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個性を自立力にするために興味を広げるべし

個性を自立力にするための子育てや教育のやり方について発信しています。発達障害の成人向けの話題も発信してます。クエストスクール代表荒川の個人ブログ

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働く犬の訓練や一生が分かるマンガ:いっしょにあるこうね―盲導犬コディ

読んだ本 社会 道徳 理科

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このマンガは、ある犬が生まれ、専門のトレーニングを受け、目の不自由な人と共に暮らし、そして生涯を終えるまでを描いたものです。最後にホロリときます。

 

いっしょにあるこうね―盲導犬コディ (ACTION COMICS)

いっしょにあるこうね―盲導犬コディ (ACTION COMICS)

 

▼こんな人が読んでください

・小学校中学年以上の子どもや学生

・動物好きのための仕事を探している人

・視覚障害のある人に関わる人

 

▼犬を働かせて良いの?という疑問

作品の中で、犬は主人に忠実であることを喜び、誇りに感じているというふうに描かれています。

そしてある場面では、人間の都合で犬を働かせていることに対して怒りを表している人も描かれています。

その場面で、その人はこんなふうに怒っています。

 

「私 犬 大好きなんです。だからおじさん(視覚障害の人)には悪いけど なんか 人間のために仕事させるのって ちょっと許せなくって」

 

ここまで強い怒りではないにしても、「ああ、言いたいことはなんか分かるかも」という感覚を持つ人があるかもしれないですね。

このモヤモヤ感をふまえて今回は、この場面で怒っている人に対して、ぼくなら何と答えるかについて考えてみます。

 

 

▼犬を働かせることの正しさとは?

結論から言うと、ぼくは次のような理由で、盲導犬が盲導犬として働くことは正義にかなっていると考えます。

 

①犬は、主人に対して忠実であることを喜ぶように生まれついているようです。イヌがイヌになる以前のオオカミの時代には、多くのメンバーが群れのリーダーに対して忠実であろうとすることによって、群れで獲物を狩ることができたのでした。このような太古からの性質を色濃く受け継いでいるのが、盲導犬になるレトリバーの基本的な性質であるようです。このことから、犬が主人や仕事を持てることは幸せなことだと考えることができるのでは?逆に、主人や仕事がないことが犬にとって不幸になり得るのでは?

 

②犬の忠実さを必要としている人(つまり視覚障害のある人)がいるんですよ。その人たちは、犬の助けを得ることによって毎日を楽しく気持ちよく生きることができるようになります。

 

つまり、犬が主人や仕事を必要としていること、人が犬の忠実さを必要としているという事実があります。そのような理由から、盲導犬が盲導犬として働くことは正しいことなのだ、というのがぼくの理屈です。

 

 

▼人間は犬以外にも色々な生き物を利用している

また別の切り口から考えると、怒っている人に対してこんなふうに言えるかもしれません。

 

①人間のために他の動物に仕事をさせることが悪であるとしたら、ぼくたちが日々食べている肉や魚に対しては、どう考えれば良いのだろう?鶏、豚、牛、魚は「食べられるという仕事」をするために生まれてきているんだよな。明日から肉や魚を食べないようにすれば良いのか?でも今日までに食べてきた他の生き物はどうなるの?盲導犬として使われている犬だけ、仕事から解放すれば良いの?

 

②所詮この世界は、人間が自分たちの思う通りに変えたり動かしたりしているのが実態でしょう。自分たちの快適さや自由のために色々な生き物を利用しているわけです。自分が直接、食べるために動物を殺さなくても、まわりまわって死んでいった動物たちの恩恵にあずかっているのが実態なんだよな。

 

①と②のモヤモヤを組み合わせると、怒っている人に対してこんな答えが導き出されます。

 

「盲導犬に仕事させていることに対して怒っているあなた。あなたの怒りは動物という弱いものに犠牲を強いていることに対する怒りだと思います。あなたはとても正義感が強くて、優しい人なんですよ。

 

でも、もしかしたら自分で気付いていない所で、すでに多くの犠牲を強いてきているかもしれません。例えば、あなたは肉や魚を食べることがあるでしょう。肉や魚だって人間のために生まれて殺されていったものたちなんですよ。もしあなたが菜食主義だとしても、両親や祖父母やそのまた祖先は絶対に肉や魚を食べているはずです。他の生き物の犠牲があったから今のあなたがあるんです。このような事実をふまえて、もし少しでも良心のかしゃくが起こるとしたら、こうすることをお勧めします。

 

すでに犠牲になってもらった生き物に報いるために、あなたが強く、精一杯生きてください。彼らが生きたかった分まで、あなたが代わりに生きてください。彼らにしてあげられなかった分まで、目の前の誰かに優しくしてください。」

 

 

これが今日のところの結論です。自分が吐いた言葉を自分の肝に命じます。それではまた次回。