読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

個性を自立力にするために興味を広げるべし

個性を自立力にするための子育てや教育のやり方について発信しています。発達障害の成人向けの話題も発信してます。クエストスクール代表荒川の個人ブログ

スポンサーリンク


・【随時更新】これまでに読んできた子育てや発達障害の周辺の本20冊以上
・子どもと一緒に見たいアクション成分高めのオススメ映画10作品以上(対象年齢別。ときどき更新)

ADHDの進化論:ADHD的性質が人類にグレートジャーニー(生存圏の拡大)をさせたのかもしれない

スポンサーリンク

f:id:yasuyukiarakawa:20140808135348j:plain

人類の700万年の歴史において、注意欠陥多動性障害(ADHD)と呼ばれる性質はどのような役割を果たして来たのでしょうか?固定観念を取り払って、ADHDの性質が果たして来たかもしれない偉大な足跡について、想像力の翼を広げてみましょう。

 目次

  1. 人類とグレートジャーニー(大いなる旅)
  2. 注意欠陥多動性障害(ADHD)の特性
  3. 能力としてのADHD
  4. なぜ現代では能力ではなく障害なのか?

 

人類とグレートジャーニー(大いなる旅)

f:id:yasuyukiarakawa:20140806141143j:plain今からおよそ700万年前、人類の一番最初の祖先がアフリカ大陸の中央のエリア(★印)の辺りに誕生しました。そして、何十万年もの時間をかけながら少しずつ生息範囲を広げていきます。アフリカから最も離れた南米大陸に辿り着いたのは、今から1万3千年前と言われています。この人類の大いなる旅のことをグレートジャーニーと呼びます。グレートジャーニーがスタートしてからゴールにたどりつくまでに、700万年のうちの大半を必要としました。

なぜ、4つの大陸に進出するために700万年近い時間が必要だったのでしょうか?その理由はそれだけの時間を要するだけの大きな危険があったから、ということが考えられます。恐らく、何度も進出しては多くの犠牲者が出たことでしょう。人類は失敗を何度も何度も繰り返して犠牲を払っていたから、700万年近い長い時間が掛かったのです。

では、人類の中でもどのような性格を備えた個人が、そのような大きな危険にわざわざ挑んだのでしょうか?それは恐らく、危険をかえりみず、新しいことに挑戦しようとする性質が非常に色濃い個人だったのではないでしょうか。

そしてそのような特性を持った人は現代に残っているのでしょうか?私は、現代で注意欠陥多動性障害(ADHD)として知られる性質こそが、グレートジャーニーに不可欠な性質だったのではないかと考えています。

 

注意欠陥多動性障害(ADHD)の特性

ここでADHDの特性について簡単に理解しましょう。ADHDの特性には以下のものがあり、現代では「障害」だと言われています。

  1. 注意に関する障害(注意散漫、または過集中)
    注意散漫であるため、勉強や仕事に取り組むことができづらいことがある。また過集中によって、誰かに話しかけられても気がつかないほど集中することがある。適度な集中が難しいと言える。
  2. 多動性(落ち着きがない)
    常に動き回っている、ウロウロする、よじのぼる。じっとしていることができない。この性質は幼児から10才前後までの子どもに多く、座って勉強することができないなどの問題が生じる。
  3. 衝動性の高さ(後先考えずに行動する、怒りっぽい)
    後先考えずに行動する性質によって、事故や失敗を起こすことが他の人より多くなることがある。また怒りっぽい性質が強い場合、他者と対立することが多くなる。
  4. その他の性質
    飽きっぽい。危ないことを平気でする(衝動性とも関連する)。

※これらの性質を持っている度合いは人によってまちまちです。ADHDにもタイプがあって、不注意優勢型、多動性衝動性有意型、混合型に分けられます。 

以上1〜3がADHDの診断基準として挙げられている症状です。診断基準にあげられている症状の他に、飽きっぽい、危ないことを平気でするなどの性質も多く見られることが知られています。

これらの「障害」をもう少し肯定的な表現に言い換えてみましょう。言い換えてみることによって、ADHDの特性が人類の発展において果たしたかもしれない役割について考えやすくなります。一覧にすると以下のようになります。

f:id:yasuyukiarakawa:20140806150101j:plain

これらの性質がグレートジャーニーを成し遂げるにあたってどのような役割を担ったのか考えてみましょう。

 

 

能力としてのADHD

f:id:yasuyukiarakawa:20140808144246j:plain

原始時代の世界において、ADHDの特性が人類の生存範囲を拡大していくために大きな役割を果たした可能性があります。

 

注意散漫=いろいろなことに注意を向けられる

注意が散漫であるとは、いろいろなことに注意を向けられる性質であるとも言えます。この性質は文明のない時代において、外敵から身を守るために非常に役に立ったはずです。例えば、視界の変化や物音に敏感な人であれば、自分たちを襲おうとしている外敵の存在にいち早く気付いてそれを知らせることができるでしょう。逆に、適度な注意力の人ではわずかな気配を見逃して危険に遭遇してしまうかもしれません。

 

過集中=気を散らされない

過集中は気を散らされない性質だということができます。声をかけられてもそれに気がつかないほどの集中力は、物事を遂行する上で大きな武器になります。場所から場所に移動する、食料を探すといった活動の際にもこの性質は役に立ったことでしょう。逆に、適度な注意力の人では、途中で集中が切れてものごとを完遂できないかもしれません。

 

落ち着きがない=行動力がある

ここでいう行動力とは、何かによじ上ったり動き回ったりするような身体を動かす性質のことを言います。基本的に動いていたいという性質は、それを有する人に旅や冒険をさせるでしょう。行動力がある人々が行った旅や冒険が無数に蓄積されていくことによって、グレートジャーニーは成し遂げられたはずです。逆に、行動力が劣る人では旅出ってから生きて別の場所に辿り着いたり、安全な場所を見つけだすだけの体力が無くて死んでしまうでしょう。

 

衝動的=チャレンジ精神が旺盛

衝動性とは、後先考えず行動する性質のことをいいます。この性質を有効利用するとチャレンジ精神が旺盛と言い換えることができるでしょう。旺盛なチャレンジ精神は、将来生じるかもしれない危険を恐れることなく行動させる役割を担ったはずです。逆に、チャレンジ精神がなければそもそも旅や冒険に出ようという発想さえ持たなかったでしょう。

 

飽きっぽい=新しい刺激を求めて行動する

飽きっぽい性質を専門的には新規探究性と言います。つまり新しいものを求める性質のことです。この性質は、人を一つの場所に留めることがなく、たくさんの新しいものとの出会いがある旅や冒険に駆り立てたことでしょう。逆に、新しい刺激を求める性質がなければ全ての大陸に同じ種類の大型生物(つまりヒトのことです)が行き渡ることはないでしょう。

 

 

なぜ現代では能力ではなく障害なのか?

人類の700万年の歴史において、ADHDの性質が非常に大きな役割を担っていた可能性について考えてきました。ここでなぜ、ADHDの性質が現代においては「障害」とみなされているのかについて考えてみましょう。

産業革命以降の時代の特殊性

最初に「障害」という概念ができ上がった時代のことから理解していきましょう。障害という概念が現れたのは、実はこの200〜300年位のことです。きっかけとなったのはイギリスで端を発した産業革命です。産業革命とは蒸気機関を利用したモノの大量生産、大量輸送を起こした大変化のことです。

産業革命によって、工場で大型機械を稼働させてモノを大量に生産するようになりました。産業革命後の社会を効率的に稼働させるためには、そこで生活する人々に一定の読み書き計算能力が必要になることが明らかになりました。もちろんそれ以前にも読み書き計算を必要としましたが、産業革命以前の時代とは比較にならないほど読み書き計算が必要とされる度合いが高まったのです。

そのような時代背景の中で誕生したのが学校教育制度です。学校教育制度によって作られた学校は、それまでの寺子屋のような小さな個人塾のようなものとは異なります。学校教育では、地域地域に学校を作り、教室に同じくらいの年齢の子どもを集めて一斉授業を行うのです。このような一斉授業を行う過程で、何らかの理由で学習がはかどらない子どもがいることに気付かれるようになりました(現代でいう、注意欠陥多動性障害、自閉症スペクトラム障害、学習障害、知的障害などです。このような名称がついたのはもっと後の時代になってからです)。

産業革命が起こって学校教育が始まったことによって、それまでとは生活習慣や価値観、環境がガラリと変わりました。この変化に伴って、それまで大して気付かれなかったり問題にならなかった性質(もしかしたら有益でさえあった性質)が、「障害」として気付かれるようになったのです。

このような歴史について別の言い方をすると、障害というのは絶対的なものではない(状況によっては障害とみなされない)、と言えるでしょう。つまり、ある特性を持つ人が置かれた環境によっては、その特性は障害にも能力にもなり得るのです。現代に生きる私たちが発達障害として認知している特性は、過去の時代とは違う価値観を持つ私たちだから「障害」のように見えているに過ぎないとも言えるのです。

参考:【質問編】え?実はぼくもあなたも障害者?:世界の見方が変わってしまう7つの質問

 

 

まとめ

  • 「 障害」という表現はある特性の一面だけを捉えたものに過ぎません。見方を変えれば能力であるとさえ言える可能性があります。
  • あなたにもしADHDという障害があるとしたら、ADHDの性質を有効利用することを考えましょう。
  • 特性を有効利用できるようになれば、あなただけでなく、周囲の人や社会にとっても大いに役に立ちます。

 

関連記事