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個性を自立力にするために興味を広げるべし

個性を自立力にするための子育てや教育のやり方について発信しています。発達障害の成人向けの話題も発信してます。クエストスクール代表荒川の個人ブログ

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「ふつう」。それは障害カーストの最上位に位置するもの

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私自身の幼少期を思い出してみた時に、親に将来何になりたいかを尋ねられて「ふつうのひと」と答えた記憶があります。自覚しているかどうかに関係なく、日本文化を共有している多くの人々には「ふつう」に対する信仰のようなものがあるのではないか。そんなふうに考えることがあります。そしていろいろと考えてみると、「ふつう」信仰と「障害」というものはコインの裏表の関係にあるようなのです。

 

障害カーストとは?

私は発達障害に関するテーマで人と話をしたり、ネットで親や当事者のコメントを見ることがよくあります。そのようなモノを目にする中で感じているのは、世の中には障害の種類や支援を受ける程度などによって、人を順位付けるような考えを持っている方がいらっしゃるということです。

「障害の種類や支援を受ける程度などによる順位付け」のことを、私は障害カーストと呼んでいます。ちなみに、自分自身の考え方を自覚なさっていない方も多いと思います。また、このような考えと悪意とは関係のない場合がほとんどという気がしています。

試しに、障害カーストの考え方で発達障害やその疑いのある子を順位付けすると、恐らくこんな感じになっています(私は以下とは違った考え方をしていますのでご注意を)。

最上位:「ふつう」の子

2位:ちょっと変わってる子

3位:手が掛かる子

4位:支援を受けている子

5位:支援を受けて、かつ、服薬している子

どうも、発言の前提にこのような考え方がある方がいるのです。この考え方にハマってしまうと、「ふつうじゃない」=「ダメな人間だ」という考え方になってしまいます。親や大人が個人的にそう考えることは「思想の自由」ですが、日頃の振る舞いが子どもに与える影響を考えるとそうも言っていられません。

強調しておきたいのは、ここで「障害カースト」的な考え方をしている人を批判したいというわけではないという点です。あくまで、「このような事実があるようです。必要と感じる人は、別のやり方で物事を捉えてみてください」という提案と思ってください。

 

 

障害カースト的な発言や行動の例

子どもを育てている親の場合だと、

  • 子どもに学習上の困難があることを認めない
  • 学習ができやすくなるための工夫の余地があるのにそれを利用しない(支援を受けない)
  • 服薬に過剰に批判的である

などがあります。それと障害受容ということに関しても障害カーストな認識がある人の方が、受容に時間がかかったり難しかったりするケースが多いと考えられます。 障害カースト的に考えるほうが人生が苦しいように見えます。

 

 

では、どう考えれば良いのか?

全ての人には「人としての価値=人権」が備わっています。ここでいう全ての人というのは、老若男女、障害者、病人、犯罪者、人殺し、テロリスト、金持ち、貧乏人などの全ての人です。地球上70億人の人口の全ての人が人権を持っています。文字通り、全ての人に人権という価値が備わっています。「人は法のもとに平等」ですから、それぞれの人が行っていることに対して、法によって定められた処遇をされることになります。

世の中には人を評価するための基準が様々に存在しています。ですから、仮にたまたま自分が受けた評価基準でスコアが思わしくないからといって「人間として否定された」と考える必要はありません。

また、世の中には人権意識のある方ばかりではないので、理不尽な扱いを受けることもあります。そのような場合には、権利を自分のものにするために、なにがしかの動きを取る必要があります(多くの権利はそのようにして勝ち取られてきています)。

もしある親御さんが、自分の子どもに人としての価値を感じながら人生を歩んで欲しいと願うのであれば、その子にとって必要な支援や、状況によっては必要なお薬を与えていくことが「その子の人権を守ること」になる、ということになります。「ふつう」を目指すことのデメリット(「今の自分はダメな人間だ」と考えること)にも目を向ける必要があります。

 

 

ふつう、違う、ってなに?

「ふつうの人」になりたいと言っていた私自身の考えを振り返ってみたときに気がつくのは、「ふつうの人」というのは「自分が知っている人から大きく逸脱しない人」「自分が知っている人に近い人」ということです。

ですが、人と人とを比べたら同じ部分もあれば違う部分もあるわけです。たまたま違いに目が行きやすいという認知的な偏りがある人だったら「みんな違う」と見えるでしょうし、同じ部分に目が行きやすい認知を持っている人だったら「みんな同じ」と見えるでしょう。ふつうであるかどうかの基準はいい加減で、人によって全く異なるものなのだといえます。

「ふつう」ではない自分に対する認識である「自分はダメな人間だ」は、幸せを損なうだけでなく、実際にうつ病などのリスクを高めることが分かっています。大切なのは、人生を豊かに生きることです。人生を幸せに健康に送れるのであれば、「ふつう」であることは必ずしも必要ではありません。

 

 

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